日記

2026-05-10 01:39:00

カポエイラ百科事典 vol.20

カポエイラの歌を知る:Dona Maria do Camboatá

みなさん、こんにちは。
今回は、カポエイラの歌 「Dona Maria do Camboatá」 について少し紹介します。

 

カポエイラの歌には、ただリズムを作るだけではなく、歴史や人物、土地の記憶が込められているものがたくさんあります。


「Dona Maria do Camboatá」も、その一つです。

歌詞には、次のようなフレーズがあります。

 

Dona Maria do Camboatá

Ela chega na venda e manda botá

 

Dona Maria do Camboatá

Ela chega na venda e dá salto mortá

 

Dona Maria do Camboatá

Ela chega na venda e começa a gingar

 

意味としては、

「カンボアタのドナ・マリア。
彼女は店に着くと、“出しな”と命じる。
彼女は店に着くと、宙返りをする。
彼女は店に着くと、ジンガを始める。」

というような内容です。

 

ちなみに「Camboatá(カンボアタ)」とは、バイーア州の地名として伝えられている名前です。つまり Dona Maria do Camboatá は、「カンボアタのドナ・マリア」という意味になります。

 

 

「venda」は、店や酒場のような場所を指します。
そこにDona Mariaが現れると、彼女は遠慮するのではなく、堂々と振る舞います。

また、宙返りをしたり、ジンガを始めたりします。

 

これは、カポエイラの世界でとても象徴的です。

カポエイラは長い間、男性中心に語られることが多かった文化です。
しかし実際には、歴史の中には女性たちも存在していました。

 

 

また、このDona Mariaは、20世紀初頭のバイーア、サルヴァドールに実在した女性と関係があるのではないか、という研究もあります。


魚売りで、喧嘩も強く、サンバや酒場の文化にも関わっていた女性だったのではないか、という説です。

 

ただし、これはまだ「確定した事実」というより、研究上の有力な仮説です。
なので、私たちは慎重に、しかし想像力を持って、この歌を受け取ることが大切です。

 

 

この歌では、Dona Mariaはただ名前だけで登場します。

 

細かい説明はありませんが、

Dona Mariaとは、場の空気を変えるほどの存在感を持った女性なのだ、

ということが分かります。

 

短い歌ですが、そこにはカポエイラらしい力強さと、人物を歌の中に残していく面白さがあります。

2026-04-03 20:58:00

Aquinderre

Ai, ai ai ai Aquinderre, lalae laelaCoro: RepeatO lele Coro: Ai ai aiO leleCoro: Ai ai ai

https://youtu.be/EBRHZY1bEzI?feature=shared
https://youtube.com/shorts/uT3Xhg8S870?si=XhZMlRe_-hhbbtYF

2026-03-01 00:20:00

A Manteiga Derramou

Vou dizer ao meu senhor
Que a manteiga derramou
A manteiga não é minha
A manteiga é de ioiô
Coro: Vou dizer ao meu senhor
Que a manteiga derramou
Ê, a manteiga não é minha
A manteiga é de ioiô
Ô, a manteiga não é minha
A manteiga derramou
Ô, a manteiga não é minha
Caiu no chão e derramou

 

https://youtu.be/jmcLXqerl9M?si=2EpPWP_wma9w6JfU

2026-01-30 17:39:00

Fro Fro Fro de Jua

Fro Fro Fro de Jua

Fui pra mata apanhar fro

 

https://youtu.be/oEoqfSlKciM?si=LzwnhqP-c-0VSMWZ

 

2026-01-19 09:53:00

カポエイラ百科事典vol.19

Mestre Leopoldina

 

 IMG_4543.jpeg

 

カポエイラの歴史には、

技やスタイルだけでは説明できない人物がいます。

 

今回紹介する、メストレ・レポルジーナも、その一人です。

 

 

カーニバルの土曜日に生まれた少年

 

メストレ・レポルジーナ

(本名:デメルヴァル・ロペス・デ・ラセルダ)は、

1933年、リオ・デ・ジャネイロで

カーニバルの土曜日に生まれました。

 

母親に育てられ、その後は叔母や近所の女性たちに世話をされながら成長します。

まだ幼い頃、彼は家を飛び出し、

リオ中心部と郊外を結ぶ中央ブラジル鉄道(セントラル線)周辺で、

列車に乗る子どもたちに飴玉を売って生活するようになります。

 

この頃の路上生活が、

彼の処世術や立ち振る舞いの基礎を形づくっていきました。

 

 

SAM(未成年者保護施設)での日々

 

十代の頃、極度の貧困の中で、

レポルジーナは自らの意思で

SAM(未成年者保護施設)に入ります。

 

恐れられていた施設でしたが、

彼自身はこの時期を否定的には語っていません。

 

水泳を学び、

施設のある島の周囲を日常的に泳ぎ回ることで、

彼は高い身体能力を身につけました。

 

路上で生きてきた経験は、

施設の中でも彼を自然と人の中心へと導き、

状況を読む力をさらに磨いていきます。

 

 

路上のカポエイラとの出会い

 

施設を出た後、

新聞売りとして生計を立て、やがて仲間をまとめる立場になります。

 

この頃、彼は

キンジーニョ(ジョアキン・フェリックス)と出会います。

 

キンジーニョは、

ビリンバウを使わないリオの裏社会のカポエイラ

「チリリカ」を操る人物でした。

 

この出会いが、

レポルジーナとカポエイラを結びつける最初のきっかけとなります。

 

 

バイーアのカポエイラとの接続

 

キンジーニョが獄中で殺害された後、

身の危険を感じたレポルジーナは一時姿を消します。

 

再び街に戻った彼が出会ったのが、

バイーア州イタブナから来た

 

アルトゥール・エミディオでした。

IMG_4545.jpeg

 

1954年頃、

レポルジーナは彼の弟子となり、

ビリンバウに合わせて行う

バイーアのカポエイラを学びます。

 

リオの路上で培った感覚と、

バイーアの形式が、

彼の身体の中で結びついていきました。

 

 

港、そしてサンバ・マンゲイラへ

 

港湾で働き、

港湾労働者組織に所属した後、

事故による早期退職を経て、

レポルジーナはより自由な生き方を選びます。

 

1961年、28歳のとき、

彼はサンバ学校マンゲイラのカーニバルに初参加します。

 

マンゲイラは、

カポエイラをパレードに取り入れた最初のサンバ学校でした。

 

レポルジーナは60人ものカポエイリスタを組織し、

カポエイラを祝祭の場へと導いていきます。

 

この関係は、1970年代半ばまで続きました。

 

 

メストレ・レポルジーナが残したもの

 

レポルジーナは、

多くを語る人物ではありませんでした。

 

しかし、

路上、施設、港、祝祭という場を生き抜いた彼の姿そのものが、

 

カポエイラのもう一つの歴史を今に伝えています。

 

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